無敵のUFCヘビー級チャンピオン、アンドレイ・アルロフスキー
いじめ克服のために始めたウェイトトレーニングで、
世界最強の格闘家へ


Image 鮮やかなライトに照らされた“オクタゴン”が不気味な沈黙を守る。戦士が到着して息を吹き込むまで、そこは無味乾燥な空間だ。金網が囲むこの八角形のリングの存在意義はただひとつ。素手で戦う2人の男を閉じ込めるためのスペース、ということだ。この閉鎖された空間の中で自らの技、体だけを武器に熾烈な戦いを繰り広げる。ここで戦う男たちの精神状態は、一般の人にはとうてい理解できない極限の状態に達している。

UFC(アルティメット・ファイティング・チャンピオンシップ)は、最も原始的かつ純粋な戦いの舞台である。“総合格闘技界のスーパーボウル”ともいえるこの戦いに参戦できるのは世界最強の選手たちだけだ。深刻なけがを負うリスクはもちろん大きいが、選手にとってそれよりも大きなダメージとなるのは、生身の体の戦いで相手に圧倒されることで自尊心が傷つき、尊敬の念が失われてしまうことだ。

会場に突如、耳をつんざくような歓声が響く。最初の選手が入場し、オクタゴンへと歩いてきたのだ。まず金網の中へ入るのは、挑戦者のほうだ。あと少しで苛酷な格闘ゾーンへと変貌するそのリングの中を、先に入った選手が落ちつかない様子で動き回っている。観衆はさらに盛り上がり、足を踏み鳴らして、チャンピオンの登場をうながす。この歓声は同時に、挑戦者に対する“死のシンフォニー”ともなる。緊張の糸は張り詰め、今にも切れそうだ。言葉は意味を持たず、行動だけで男の価値が計られる世界。選手の紹介が簡単にすまされた後、“死のダンス”がすぐに開始される。

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2005年6月4日、ジャスティン・エイラーズをTKOで下したUFCチャンピオン、アンドレイ・アルロフスキー
 2005年6月4日、ニュージャージー州アトランティックシティで行われた試合。1ラウンドの4分を過ぎた頃、本格的な打撃戦もないまま、アンドレイ・“ザ・ピットブル”・アルロフスキーは挑戦者ジャスティン・エイラーズをTKO(テクニカルノックアウト)で下した。無傷に見えるアルロフスキーとは対照的に、エイラーズのほうは両拳、足の甲、鼻を骨折し、膝も負傷したと伝えられた。試合続行が不可能となったためのTKO負けだった。

これまで2年間、アルロフスキーはこうした圧勝を続けてきた。倒していない選手といえば、現在負傷療養中のヘビー級チャンピオン、フランク・ミアのみである。ミアがバイク事故で大けがをしたことで、アルロフスキーはヘビー級の暫定チャンピオンに選ばれたのだ(注:復活したミアとの試合が予定されていたが、2005年中にはこの2人の戦いは実現していない)。

ミアとアルロフスキーが戦えば、最強のUFCヘビー級ファイターは誰かという議論に終止符が打たれるだろう。しかし、アルロフスキーの成長ぶりは著しく、ファイターとしての成熟度は日々増している。オクタゴンでミアと戦う頃には誰も倒すことのできない選手になっているのではないかという見方が優勢だ。

 「獣」と呼ばれるアルロフスキー。対戦相手をさんざんに痛めつけて歓喜の雄叫びを上げる、容赦のないサディスティックなアニマルのような戦いぶりが、こうしたイメージを生むのかもしれない。しかし、実際のアルロフスキーはそんな冷酷で強暴な男ではない。あくまでひとりのアスリート、格闘家にすぎない。またオクタゴンで発揮するパワーもスキルもすごいが、それに負けないくらいのユーモアのセンスに富んだ男でもある。

UFCがプロモートする総合格闘技の戦いは認可を受けた試合であり、選手を保護するルールも整備されている。この点は、ボクシングなどの格闘技と同じだ。フルコンタクトスポーツにけがはつきものだが、UFCでは対戦相手が完全に無防備になった時点での追撃は許されず、すぐにレフリーにストップされる。ただしボクシングとは異なり、UFCの戦いでは拳だけでなく、足、膝、肘を使った攻撃ができる。もちろん、サブミッション(関節技、絞め技)も許されている。

そう、確かに危険な競技であり、闘争心が勝利の重要なカギとなる。だが、それだけではない。アルロフスキーのような一流ファイターたちは、さまざまな格闘技をベースにしたバラエティ豊かなスキルを駆使し、対戦相手としのぎを削り合う。この総合格闘家たちは、身体能力がずば抜けて高い選手なのだ。相手を容赦なく痛めつける酒場の喧嘩や、昔風の“田舎町のいちばん腕っ節の強い男を決める戦い”とはまったく異なる。スキル、持久力、精神力が試されるこの戦いの世界で、アルロフスキーは世界屈指の実力を持つファイターのひとりとなった。だが、12年前にはアルロフスキー自身でさえ(そして、彼を知る人も)、ここまで強くなった姿を想像すらできなかっただろう。

アルロフスキーは、ベラルーシのミンスクで育った。子どもの頃はいじめっ子の標的となり、よく暴力を振るわれていたという。1994年、14歳のとき、毎日のいじめに耐えかねたアルロフスキーはウェイトトレーニングを始めた。トレーニングをして体を鍛え、いじめっ子たちに対抗できればと考えたからだった。結果的には、“対抗できる”どころか、期待をはるかに超えた成果が得られることになった。

16歳になったアルロフスキーは警察官になることを決心し、警察学校に入った。そのときのトレーニングの一環として、関節技を使うロシアの格闘技、“サンボ”を始めた。そしてそれまでの2年間のウェイトトレーニングの成果を活かし、サンボ選手として実力を発揮していった。

そして1999年には、アルロフスキーはとうとうサンボで世界チャンピオンになった。総合格闘技の試合に出場するようになったのはそれからすぐのことで、2000年には総合格闘技でもヨーロッパチャンピオンになる。これでUFCのスカウト陣の目に止まり、2000年11月についに、UFCデビュー。このデビュー戦では1分未満で相手選手を腕関節技で葬った。

現在までのところ、総合格闘技での敗戦はわずか3試合。その成長の著しさ、さらに2002年3月以来無敗を誇っていることから、「アルロフスキーの勢いはしばらく止められそうもない」と専門家たちは評している。

オクタゴンから1歩外へ出ると、アルロフスキーはアメリカに住む他の若者と何ら変わりない。血気盛んな、ごく普通の26歳の男性だ。女性が大好きだし、実際女性にもモテる。だが、いったんトレーニングを始めると、そのハードさは想像を絶する。2000年には故郷のミンスクからシカゴに移り住んだが、その理由は、女性や遊びなどの誘惑から逃れるためだという。“No.1になる”という夢を達成するため、トレーニングにさらに打ち込みたかったからだ。

ImageImage アルロフスキーに遊ぶ暇などはほとんどない。1日に合計約7時間のトレーニングを3回のセッションに分割して行う(トレーニング頻度は週6日)。ボクシングを2〜2時間半、柔術を1時間半、ムエタイ(タイ式キックボクシング)を1時間、ランニングを40〜50分、ウェイトトレーニングを1〜1時間半という内容だ。食事は1日に4回とり、さらにトレーニングセッションの合間にプロテインシェイクを1日に合計6杯飲む。

打撃技と組み技を向上させて相手選手を圧倒するためには、パワーと筋力は不可欠な要素だ。したがって、アルロフスキーのファイターとしての活躍には、ウェイトトレーニングが大きな役割を果たしている。試合が1カ月後に迫った時点では、けがを予防し、柔軟性とスピードの強化に集中的に取り組むために、ウェイトトレーニングを一時的に中断する。だが通常は、ウェイトトレーニングをワークアウトメニューに必ず含めている。No.1であり続けるためにはウェイトトレーニングは必須とアルロフスキーは考えているからだ。

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憧れのボディビルダー、ミロ・シャシブのスポットを受けてのトレーニング
 ウェイトトレーニングや栄養摂取のプログラムは、ボディビル雑誌などの情報をもとにデザインしている。ロニー・コールマン、リー・ヘイニー、ドリアン・イエーツなどの選手から大きな影響を受けているという。だが、アルロフスキーが最も好きなボディビルダーはミロ・シャシブだ。

彼の故郷のミンスクでシャシブは“伝説的ヒーロー”であり、万人に人気のあるボディビルダーだ。2005年6月、『FLEX』(米『Muscle &Fitness』姉妹誌)の企画により、シャシブがシカゴに赴き、アルロフスキーとトレーニングをする機会が設けられた。実はシャシブもアルロフスキーのファンだといい、初対面の2人はハードなトレーニングを行った後、お互いのすごさを再確認しつつ、冗談を交わしながらくつろいだ時間を楽しんでいた。

Image シャシブとふざけ合うアルロフスキーは、1週間前にアトランティックシティでエイラーズを軽く片付けた残虐このうえないファイターとは別人にしか見えない。

だが、もちろん別人ではない。アルロフスキーはハードワークに打ち込むひとりの若者にすぎないが、素晴らしい肉体に加え、格闘技の世界でNo.1になるために必要な強靭な精神力も兼ね備えた若者であることに間違いはない。ウェイトトレーニングを始めたきっかけは、いじめから逃れるためだった。だがその“いじめられっ子”のアルロフスキーが、今では世界最強の男となったのだ。

ファイターとしての活躍にはウェイトトレーニングが大きな役割を果たしている。



アンドレイ・アルロフスキーのウェイトトレーニング・プログラム

エクササイズ セット数 レップ数
1日め:腕
バーベル・バイセップスカール 10
ダンベル・バイセップスカール 10
ダンベル・リストカール 10
ライイング・トライセップスエクステンション 10
ダンベル・トライセップスエクステンション 10
2日め:脚
スクワット 10
ランジ 10
レッグプレス 10
3日め:胸、背中
フラット・バーベル・ベンチプレス 10
インクライン・ダンベル・ベンチプレス 10
ダンベルプルオーバー 10
ダンベルフライ 10
デッドリフト 10
バーベルロウ 10
4日め:肩
バーベル・ショルダープレス 10
ダンベル・ショルダープレス 10
サイド・ラテラルレイズ 10

注:アルロフスキーは毎日、腹筋には4〜6種類のエクササイズを行い、疲労の限界まで鍛えている。また週に2〜3回、“クラベル”という野球のバットに似た器具を使い、格闘技のための筋肉強化のトレーニングを行っている。クラベルを使ったトレーニング方法はサンボの米ナショナルチームのコーチ、スコット・サノンによって、格闘家のために考案された。



[『マッスル・アンド・フィットネス日本版』2006年3月号にて掲載]

TEXT・PHOTO/テリー・グッドラッド Terry Goodlad